彼は今25歳。
デビル・レイズが1999年にドラフト1位指名してから8年近くになる。
野球生活には3年ものブランクがある。
今春見せている活躍は彼自身見たことのないものだった。
スプリングトレーニングのある週、彼の打率は21打数10安打、打率は.476。
500フィートの本塁打を放ち、フロリダのナリーグの選手で彼の数を越える選手はいなかった。
チームメイトのライアン・フリールはよくこう言っている。
「彼は素晴らしいエピソードを持ってるんだ。」
それは単なるベースボール・ストーリーではない。
ハミルトンは言う。
「ここに復帰すること。それには野球にとってたくさんの意味がある。同時に僕の物語を人々に伝える作業でもあるんだ。」
前途有望な人生から突如として暗黒に落ちていった彼の痛ましい過去はアメリカの少年ならよく知っているだろう。
彼はそこから紆余曲折しながら這い上がってきた。
悲劇的なシナリオから予想もしなかった結末に向かおうとしている。
ハリウッド映画のようだがそれはキーボードで叩かれたわけではない、紛れもない現実の話だ。
彼はどうやって第二の人生を送るチャンスを掴んだのか。
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ハミルトンのスタッツ
'99
Princeton (R) G:56 BA:.347 OBP: .378 SLG:.593
Hudson Valley (A) G:16 BA:.194 OBP:.213 SLG.236
'00
Charleston (A) G:96 BA:.302 OBP:.348 SLG:.476
'01
Charleston (A) G:4 BA.364 OBP:.462 SLG:.727
Orlando (AA) G:23 BA.180 OBP:.221 SLG:.236
'02
Bakersfield (A) G:56 BA:.303 OBP:.359 SLG:.507
'06
Hudson Valley (A) G:15 BA:.260 OBP:.327 SLG.360
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スプリングトレーニングで味わう経験について尋ねると、見たこともないような天にも昇るような表情を見せる。
「フィールドへ戻ること。太陽の光。ユニフォームを着ること。そういった全てが最高だ。」
あまりにも微笑ましかった。
こんな場面を思い浮かべてほしい。
週末のオープン戦から地元のヒーローが車で家路へと急ぐ。
笑顔の彼の隣には彼の妻。
そして彼はメジャーリーグのユニフォームを着たままだ。
「ツインズ戦の帰りに妻と一緒にユニフォームを着たままデイリークイーンに寄ったんだ。」
「できるだけデカいバーガーを頼んだよ。アメリカン・リージョン・ベースボールにいた頃や高校生の頃を思い出した。ゲームみたいで楽しかったなぁ。」
そこにいる誰が想像しただろうか。
彼がつい2〜3年前までそんなささやかな日々すら忘れていたことを。
彼は逃げ道の無いドラッグ中毒でもがき苦しんでいた。
治療のために野球をすることを禁じられた。
妻は彼を見捨て、幼い子供とはほとんど顔を会わせることはなかった。
救いの手を差し伸べようとする全ての友人の手を払いのけた。
2005年9月、50ポンド痩せた彼は祖母の前に現れた。
もう自分ではどうしていいのか分からなかった。
彼女は部屋に入れて食事を与えた。
立ち直れる。
全てが正しい方向へ向かうような気がした。
でもそれは叶わなかった。
数週間後に祖母が彼の目を覗き込んだ時、彼がハイであることに気づいた。
「もうこれ以上あなたを理解することはできないわ。」
愛する人を自分は傷つけているのだと知った。
彼の転機となる2005年10月5日のことだった。
その日のことはハミルトンの脳裏に焼きついている。
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過去10年間のドラフト1位指名選手
2006 Luke Hochevar RHP Royals
2005 Justin Upton SS D-Backs
2004 Matt Bush SS Padres
2003 Delmon Young OF D-Rays
2002 Bryan Bullington RHP Pirates
2001 Joe Mauer C Twins
2000 Adrian Gonzalez 1B Marlins
1999 Josh Hamilton OF D-Rays
1998 Pat Burrell 3B Phillies
1997 Matt Anderson RHP Tigers
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数々の宗教的な体験。
たくさんの人々が彼のことで心を痛め、助けた。
いつか我々は彼の物語をスクリーンで観るだろう。
しかし彼の人生の中において、この春この球団へ来たことはとても重要な出来事だった。
まさに映画のようで偶然と運命が凝縮されている。
チームメイトのフリールですらそれには身震いしていた。
彼の言葉をハミルトンは信じている。
「ここにはきみがたどり着いた理由がある。全てがそれを証明している。」
ジョシュ・ハミルトンが10代の頃から知っていたナーロン監督のチームでプレイするという可能性はどれほどの確率だったろうか。
ナーロンの兄ジョニーが、彼の息子と9歳の頃からの幼馴染だった彼を10年前にコーチしていたという確率は?
そしてレッズのGMウェイン・クリブスキーが監督の家族と密接な関係にあった選手をルール5ドラフトでカブスと取引したであろう確率は?
監督は言う。
「驚くべきことだよ」
「まさに神の恩寵によるものだ。ウェインは私が彼と知り合いだったことなんて一切知らなかったのだから。」
思いやりに溢れるナーロンは何年間も心を痛めていた。
彼はハミルトンが暗黒の生活を送っている頃、一度も連絡を取っていなかったからだ。
ハミルトンの名前をルール5ドラフト前夜に聞いた時、彼はGMに言った。
「もしこの取引が成立したら、私達は共に歩んでいけるだろう。」
その後、レッズはナーロンの兄をコーチ(ビデオと経営)として雇った。
ジョニー・ナーロンは言う。
「全てはジョシュのため。フィールド内外問わず彼が必要とすることに全力を尽くす。」
これらの話はあまりにも詩的であり、不良青年の更正ドラマとしてはあまりにもおとぎ話のようだ。
この青年は2003年から2005年までのフルシーズンをドラッグで逃し、去年の短いシーズンではたった50打席の出場だった。
あれだけの大きなブランクありながらこれだけ才能に溢れて見える選手がいったいどれだけいるのだろうか。
「第二次世界大戦に2〜3年出征して帰国後にプレイできたようなものだろう。並の能力の持ち主であればそれはまず無理な話だ。ジョシュの才能は抜きん出ている。」
ナーロンは言う。
新しいチームメイトの一人であるコーナインは畏敬の念を持って彼を見ていた。
「もし自分が3年も休んだらボールに当てることもできなければ、ましてや500フィートも打つことなんてできないだろう」
しかしそれが常に簡単なことではないことはハミルトン自身もよく知っている。
ピッチャーのマークは厳しくなるだろう。
変化球はより鋭くなり、外野はうるさくなり、打率は5割を切っていくだろう。
彼の出場時間は減り、彼を過去に誘惑させたものがいつもそこにある。
しかし春は楽しい話題をするための時間だ。
彼はこの春最も人々に好感触を与えている野球選手なのだ。
彼の妻ケイティーと二人の娘が毎日スタンドに座っている。
観戦して、応援して、祈りながら。
毎日のように彼を応援する人々からeメールや携帯メールが届く。
ジョシュ・ハミルトンは最善を尽くす。
彼はこう言った。
「まるでこれが初めてのスプリングキャンプみたいだ。そう感じられることを毎日神に感謝してる。」
メジャー初打席(ロングバージョン)