2007.11.20 Tue
ボーン・アルティメイタム
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レッドソックス、メジャーリーグ、野球について
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マット・クレメントってレッドソックス退団したら活躍する気がしてしょうがないんですよ。
メジャーのどこのチームであれ。
ボストンでは怪我などあって色々な面で運がなかったです。
ゆっくり休んだことですし相当リフレッシュ出来てると思いますよ。
Torrealba back on wish list at catcher
Deal with Mets collapses quicklyClement interest. In their search for a veteran starter, the Rockies have contacted the agent for right-hander Matt Clement. Clement's career was sidetracked with Boston over injuries. But he's had success in the National League.
"It's preliminary, but it's appreciated," agent Barry Axelrod said of the Rockies' call. "We will see where it goes."
The Arizona Diamondbacks are among the teams that have inquired about Clement.
ロッキーズはベテランのスターターを探していて、右腕マット・クレメントの代理人と接触。
クレメントのキャリアはボストンでは怪我により外れていたが、彼はナショナル・リーグで成功していた、と上記地元紙に書かれています。
BOSはローウェルが残留することになりました。
彼が折れるのは周囲の予想通りでした。
またネガティブなことを言って値切ったのでしょうか。
それにしてもストーブリーグがつまらなさすぎてメジャーリーグから興味が遠のきそうだったのですが、今日のガーランド投手とカブレラのトレードには目が覚めました。
ヒルマン監督就任でロイヤルズが今度こそ頑張ってしまうこともあるかもしれない。
| Stove League 2007 | 17:49 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑
先週末の話ですが、レッズのラジオ解説をしていたナックスホール氏が現地2007年11月15日に亡くなりました。
享年79歳。
地元球場では金曜日、 ナックスホール氏へに敬意を払うため、彼の彫像と球場の外側に飾った彼の放送終了時のメッセージrounding third and heading for home.を明るく照らしました。
ケングリフィジュニアのコメント
「レッズの組織にとってとても悲しい日」
「多くの人間に素晴らしいことをした彼のことを悪く言う人物はいなかった」
オーナーのコメント
「ジョーはマウンドで起きるベースボールの全てを放送ブースで表現した」
オハイオ州のJohn Boehner(ジョン・ベイナー)議員のコメント
「彼の声なくして同じ夏はシンシナティにやってこないだろう」
「大衆は彼と直接面識はないが、彼の声は皆の親友だった」
彼の息子Kimのコメント
「私達はたくさんの経験と思い出を父にくれたレッズの職員の方々やファンのみなさんに感謝の気持ちでいっぱいです。
お父さんはあなた達をとても愛してました」
ナックスホールはメジャー昇格してからベンチで過ごすことが多かったのですが、1944年6月10日に第二次世界大戦で投手が不足していた時にチャンスがやってきました。
13対0でカージナルスに負けてる試合の8回に登板。
結果はボロボロ。
フォアボールを出して2アウトをとってからスタン・ミュージアルに痛烈なライナーを打たれ、3つ目のアウトを取れずに降板。
その回だけで5BBとワイルドピッチで5点を失いまいました。
レッズは彼をマイナーに送りましたが、彼は8年後にメジャーへ復帰。
1966年のリタイヤまでにメジャーで16年間活躍、そのうち15年間をレッズで過ごし、通算防御率3.90、135-137という記録を残しました。
リタイヤ後は一年でラジオ解説者に。
投手デビューから60周年の2004年、解説者を引退。
その後は慈善活動、彼の奨学金制度、人材教育プログラムに打ち込みました。
1992年に前立腺癌の手術を受け、軽度の心臓麻痺を2001年に患いました。
去年の2月に癌が再発。
その時はまだ来期のスプリングトレーニングの準備をしてました。
しかし左脚を腫らしながらも組織には携わりました。
先週、再入院して亡くなりました。
告別式は親族だけで今週水曜日(現地)に行われます。
Reds pitcher, broadcaster Nuxhall dies at 79 ESPN
CINCINNATI -- Joe Nuxhall, the youngest major leaguer at age 15 and later a beloved broadcaster as "the ol' left-hander" in Cincinnati, has died. He was 79.
Nuxhall died Thursday night while hospitalized for treatment of pneumonia, the team said. He was awaiting surgery to insert a pacemaker, and had been slowed by a recurrence of cancer since September.
Brought up by Cincinnati to pitch during World War II -- just out of junior high classes, he unraveled at the sight of Stan Musial in the on-deck circle -- Nuxhall worked more than six decades for the Reds. He continued to pitch batting practice into the 1980s and was a member of the team's Hall of Fame.
日本の記事:
史上最年少でデビューした大リーガーで、引退後はラジオ実況で親しまれたジョー・ナックスホール氏が15日夜、米オハイオ州シンシナティの病院で、がんのため死去した。79歳だった。
太平洋戦争の激化で選手が徴兵され不足していた1944年6月10日、レッズの救援投手として15歳10か月11日でデビュー。緊張のあまりベンチを出るときに転んで頭を打ち、大打者のスタン・ミュージアルとも対戦したが、四球連発などで5失点だった。
長いマイナー暮らしをへて再昇格したのは8年後の52年。16シーズンのメジャー生活で通算135勝を挙げた。引退後はレッズ専属のラジオ解説者として人気だった。
(2007年11月18日06時01分 スポーツ報知)
15歳デビューのナックスホール氏が死去 デイリースポーツ
史上最年少大リーガーで、引退後はラジオ実況でファンに愛されたジョー・ナックスホール氏が15日夜、シンシナティの病院でがんのため死去した。79歳。
戦争で選手層が薄くなっていた1944年、15歳10カ月でレッズの救援投手としてデビュー。緊張のあまりベンチを出るときに転んで顔を打ち、大打者スタン・ミュージアルとも対戦したが、四球連発などで5失点。8年後に再昇格して大リーグ通算135勝を挙げた。実況では、ゆっくりした素朴な語り口で人気があった。
| Offseason 2007 | 16:47 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑